2011年04月09日
 ■  桜

この度の東日本大震災で被災された皆様におかれましては心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

今日からブログ、復活します! 大震災からそろそろ一ヶ月経ちますがまだまだ被災地は寒い日が続いている様子。でもいずれ春が来ると思います頑張って下さい。

東京でも恒例の花見大会やさくら祭りといったものは殆んど中止となっていますが、桜は今が満開です。暫くすれば東北の地でも桜が咲くと思いますが、東京の桜の写真を見て頂き、春を一日も早く感じて貰えればと思い、桜の写真を撮ってきました。

今年は赤坂にある乃木神社の桜を見てきました。丁度神社で結婚式の記念撮影なんかもやっていて満開の桜が祝福している様子でした。

僕は歴史がとても好きなんすが、日本史で一番敬愛する人物は幕末会津藩主の松平容保と日露戦争の乃木希典と児玉源太郎です。映画の203高地はビデオ含め10回以上観ています。 毎回最後のシーンで乃木将軍が明治天皇に対し復命書を奏上するシーンは涙なくては観れません。
決して戦上手ではなかったのかもしてませんが、敵国ロシアからも賞賛され、決して自ら名誉や地位や金銭を求める事は無く、ただ尽忠報国に尽くし将兵から慕われ最後は明治天皇の崩御の後、自ら割腹自殺をし殉死してしまった英傑です。(同時に奥様の静子さんも命を絶った)
日露戦争後に乃木は、癈兵院を再三にわたって見舞い、多くの寄付を行ったそうです。また、他者から寄贈を受けた物があると、そのほとんどを癈兵院に寄贈したそうです。
乃木夫妻の葬儀は、大正元年(1912年)9月18日に行われ。葬儀には十数万の民衆が自発的に参列しました。その様子は、「権威の命令なくして行われたる国民葬」と表現され、また、外国人も多数参列したことから、「世界葬」とも表現されたと言われます。

乃木は、凱旋後、明治天皇の御前で自筆の復命書(報告書)を奉読したのですが。復命書の内容は、乃木の第3軍が作戦目的を達成出来たのは天皇の御稜威、上級司令部の作戦指導および友軍の協力によるものとし、また将兵の忠勇義烈を讃え戦没者を傷む内容となっていて。そして自らの作戦指揮については旅順攻囲戦では苦戦し半年もかかった事、奉天会戦ではロシア軍の退路遮断任務を完遂出来なかった事、またロシア軍騎兵大集団に攻撃されたときはこれを撃砕する好機であったにも関わらず達成できなかった事を上げて、甚だ遺憾であるとした。そして乃木は、復命書を読み上げるうち、涙声となった・・・。さらに乃木は、明治天皇に対し、自刃して明治天皇の将兵に多数の死傷者を生じた罪を償いたいと奏上した。しかし、明治天皇は、乃木の苦しい心境は理解したが今は死ぬべき時ではない、どうしても死ぬというのであれば朕が世を去った後にせよ、という趣旨のことを述べたとされる
実はロシアがどんな敵がきても3年持つと豪語した難攻不落の旅順要塞を半年で落とし、奉天の会戦でもロシア軍総司令官のクロパトキンが乃木第3軍を恐れた為日本の勝利に終わった等々の武勲があったにも係わらずそういった事には一言も触れなかった・・・・。(帰国時は民衆の大喝采があったにもかかわらす)
そしてその明治天皇が崩御し3ヵ月後に大葬の儀が執り行われたその日に夫婦で殉死して果てた。

僕も常々乃木希典のような上司であり、会長社長に信頼される部下でありたいと思いますが、まだまだ100分の1にも達していないですね。


 東京赤坂の乃木神社の枝垂桜(しだれさくら) 染井吉野よりピンク色が濃く綺麗です。境内にも沢山の桜が咲いていました。
 もうすぐ被災地の東北にも桜前線が訪れると思います、皆さん頑張って下さい。もうすぐ春が来ます。


 乃木将軍の本は日本人は勿論、外国人も多く書いていますが、僕が一番好きな本はこの「軍神」
是非読んで見て下さい。
映画かテレビ版の203高地もお薦めです。(ビデオ)